自転車に乗って

                                                                    (side リョーマ)





昼休み昼寝スポットを探して通りかかった渡り廊下で桃先輩を見かけた。


いつもと少し違う様子に気になって後をこっそり追うと、人気ない校舎の角を曲がった 桃先輩の先には見慣れない女子生徒が立っていた。

俺は気付かれないように、そのまま二人の死角になる壁にもたれかかり耳を澄ます。



「桃城くんごめんね。私他に好きな人がいて・・・」

「あぁ・・いや・・・うん。そうだよな。気にしなくていいから。

俺も全然気にしてないから・・ハハハハハ・・・」



気まずい雰囲気の中、桃先輩のカラ笑いが響く。



「・・・・馬鹿じゃないの」



俺は小さく溜息をついて、もたれていた壁から背中を接がした。







最近・・・桃先輩がおかしい・・・

そんな噂を堀尾とカチローとカツオがしていた。



「なぁなぁ知ってるか?桃ちゃん先輩最近色んな人に告ってるらしいぜ」

「桃ちゃん先輩が?」

「そうそう!俺の友達がその現場見ちゃったんだってさ」

「見ちゃったって・・じゃあ一人だけでしょ?色んな人になんないんじゃない?」

「だからー別の友達も見たんだって」

「って事は二人?」

「それだけじゃないぜ。近所に青学2年のお兄ちゃんがいるんだけどよ。

 そのお兄ちゃんも見たってさ。っていうか、2年の間ではかなり噂になってるって言ってたぜ」

「へーでもそれ本当なの?」

「そうだよ。同じ場面を色んな人が見てたのかも・・・」

「それは無いな・・・俺が調べた情報だと3人は全くの別人」

「でも堀尾くんの調べでしょ?」

「何だよ。俺の調べだと信用ないのかよ」

「だって堀尾くんだもん」

「だもんってお前失礼だなー 今回は本当なんだかんな。ちゃんとこの耳で聞いて・・・」

「でもさーその話が本当だとしたら・・・ちょっとショックだよね」

「って聞けよカツオ!」

「そうだよねー 桃ちゃん先輩って軽く見えるようで本当はしっかりしてるっていうか・・・」

「おい!カチロー!」

「そうそう。少し前に桃ちゃん先輩と偶然ちょっとそうゆう場面見ちゃった時も

『男は黙ってデーンと構えてなきゃいけねーなぁ。いけねーよぉ』って言ってたし・・・」

「そうなんだ・・・ホント桃ちゃん先輩どうしちゃったんだろうね」

「おい!俺を置いて話を進めんなって!」



俺はその時3人のやり取りを黙って横で聞いていたんだけど・・・

まさかね・・・って感じだった。

あの人は馬鹿だけど、軽い気持ちで人に告白なんてしない。

だから堀尾の思い違い・・・情報が間違ってるって・・・

だけど、あの話は本当だったんだ。

ったく・・・何考えてんだよ桃先輩・・・

海堂先輩とのあの出来事があってから、1週間と少し・・・

やっぱりフラレた事が相当ショックだったのかな・・?

ハッパかけただけだって言ったくせに・・・

こんなんじゃ・・・せっかく気付いた俺の気持ちはどうすればいいんだよ

これから俺の方へ振り向かせて・・・って思っていたのに・・・

桃先輩・・・



「ハァ〜・・・」



無意識に溜息が漏れた時に、俺の目の前で誰かが脚を止めた。



「どうしたんだ越前?こんな所で佇んで・・・何かあったのか?」


聞きなれた声に顔を上げると、そこには副部長が立っていた。



「別に・・・何も・・・」



目線を外してまた俯くと、更に副部長が優しく諭すような感じで話しかけてくる。



「別にって・・・こんな渡り廊下の真ん中で佇んで溜息ついてる奴が何も無い訳無いだろ?」

「ホントに何もないんで・・・」



そう言いながら俺は心の中で舌打ちした。

こんな所を副部長に見られるなんて・・・

出来れば今は会いたくない人の一人だったのに。


心配性で気配り屋で俺のちょっとした変化にすぐに気付く人

この人の優しさは裏が無いから、ちょっと苦手なんだ・・・何ていうか嘘をつき難い・・・

前に試合の集合時間に遅れた時に『妊婦さんを助けて遅れる』って言った事があったけど

あんなバレバレな嘘でもこの人はそのまま信じてくれた・・・

あれからかな・・・この人には特に下手な嘘はつきたくないって思ってしまうんだ。



「・・・越前?」



だけど・・・こればっかりはそうも言ってられない。

だから俺は呟くようにもう一度同じ言葉を繰り返そうとした。



「だからホントに・・・」



何もない・・・

最後まで言い切る前に、副部長に腕を掴まれた。



「時間大丈夫だろ?少し付き合わないか?」



笑顔でそう言いながら、既に俺の腕を掴んだまま歩き出している。

俺は突然の事に『えっ?』と戸惑うばかりで、結局大人しく副部長について行った。
















「越前はどれにする?」



着いた先は購買近くの自販機の前だった。

先にお金を入れてコーヒーを買った副部長が、今度は俺に選ぶように言ってくる。

どうやら奢ってくれるらしい・・・



「じゃあ・・・イチゴミルクで・・・」

「よし。イチゴミルクだな」



そう言いながら手馴れた様子でボタンを押すと、ガタガタと音をたてて出てきた紙パックのジュースを手に取り俺に差し出す。



「ほら。イチゴミルク」

「あ・・・りがとう」

「礼なんていいよ。それよりイチゴミルク好きなのか?」



ごく自然に優しい笑顔を見せる副部長。

どうやら先程のやり取りは、水に流してくれるって事なのかな・・・・?



「別に・・・ここには炭酸がないから・・・気分で選んだだけっス」



少し疑いの目を向けながら答えると、コーヒーの紙パックにストローを挿しながら、当たり前の様に副部長が英二先輩の名前を口にした。



「そうか。英二はここで買う時はいつもイチゴミルクなんだ」



そして満面の笑みを見せる。

・・・・・・英二先輩ね。



「へ〜〜そうなんだ」



惚気てるのか?

ついついタメ口で答えて、『シマッタ・・・』と目線を外した。

だけど副部長はそんな事気にも留めていないのか、そのまま話を続けている。



「俺は甘いのは苦手なんだけどな」



ハハハハハ・・と爽やかに笑う姿は、惚気ているというよりも無意識なんだと確信させた。


ホントこの人は・・・裏が無さ過ぎるのも程がある・・・


思わずジッと副部長の顔を見上げていると、それに気づいた副部長が首を傾げた。



「ん?どうした?俺の顔に何かついているのか?」

「いや・・・ついてないっス・・・」



目線をまた外して俺は改めて副部長の事を考えた。

そうなんだ・・・この人は英二先輩と付き合ってるんだ・・・

一見したら、真面目で理性の人って感じなのに・・・

男と付き合うなんて世間から外れた事をするなんて出来ないって言いそうなのに・・・

付き合ってるんだよね・・・

副部長と英二先輩・・・俺と桃先輩・・・・この二人と俺達と何が違うんだろう?

男同士って部分では同じはずなのに・・・



男同士・・・

副部長はどんな思いで英二先輩と付き合う事にしたのかな?

英二先輩の何処に惚れたんだろう?

顔?性格?それともあの押しに負けたのかな?

急に色々興味が湧いてきて、聞かずにはいられなくなってしまった。



「ねぇ先輩。英二先輩の何処がいいんスか?」

「えっ?何処がって・・・急にどうしたんだ?」



目を見開いて驚く副部長を、俺は真っ直ぐ目を逸らさずに見上げた。



「どうだっていいじゃないっスか。教えて下さいよ」

「教えてって言われてもな・・・う〜〜ん・・・」



考える副部長に更に一歩近づいて催促する。



「どうなんっスか?」

「参ったな・・・」



副部長は頭をかきながら俺を見て、答えるまで引下らないだろうと判断したのか小さく溜息をついた。



「笑うなよ」

「了解っス」



神妙な面持ちでそう答えると、もう一度溜息をついた副部長が優しく笑った。



「月並みかもしれないけど答えるなら・・・全てかな」

「全て?」

「あぁ。全て。英二のいい所も悪い所も全て含めて英二だから・・・

どんな英二でも俺は好きだよ」



好き・・・ね・・・

俺が聞いたから答えてくれたんだけど、サラッと口にしたその言葉に俺は嫉妬に似た複雑な感情が胸の奥から溢れ出すのを感じた。



「へ〜〜〜じゃあいつから好きなんっスか?」

「おいおい。どうしたんだ?何でそんな事ばかり聞くんだ?」



困った顔をして牽制する副部長に、突っかかるように答えた。



「いいじゃないっスか。副部長が俺をここに誘ったんでしょ?答えて下さいよ」

「確かに誘ったのは俺だけど・・・」

「どうなんっスか?」



俺の態度に副部長は『仕方ないな・・・』と呟くとまた溜息をついて、今度は苦笑した。



「入学式に偶然英二を見かけた時かな」

「入学式に偶然?それってもちろん英二先輩の事を知る前って事っスよね?」

「あぁそうだな。英二とはクラスも違ったし・・・

きちっと認識したのは英二が部活に入って来てからだから・・・」

「っていう事は・・・一目惚れってやつっスか?」

「あぁ・・うん。そうなるのかな・・・」



赤い顔をした副部長が鼻の頭をかく。


副部長が一目惚れだったなんて・・・

そんなに前から英二先輩の事・・・想ってたんだ・・・



「へ〜〜てっきり俺は英二先輩の方が先に副部長を好きになって

それで告って押し切ったんだと思ってた」

「ハハハ・・・まぁ付き合うきっかけは英二が言ってくれたおかげだからな。半分は当ってるよ」

「んじゃあさ。英二先輩はいつから副部長の事が好きなんっスか?」

「さぁ。聞いた事がないからな・・・いつからなんだろうな」

「いつからって・・・それって気にならないっスか?」

「う・・・ん。全く気にならないって言えば嘘になるかもしれないけど・・・

そんなに気にもしていない・・・っていうのもホントの事っていうか・・・

何て説明していいのかはわからないけど・・・

どっちが先に好きになったとか、そんな事は俺の中ではたいして重要じゃないんだ。

そんな事よりも、今一緒にいる。その事の方がよっぽど大切かな」



穏やかな表情の中に英二先輩への思いの強さを感じて、俺は妙に関心してしまった。



「へ〜〜意外と言うんっスね副部長」

「おい。ちょっと待ってくれよ。言わせておいてそれはないだろ?」

「褒め言葉っスよ」

「褒め言葉って・・・・・・・まぁいいけどな」



副部長は少し考えた顔をした後、俺の頭に手を乗せて笑いながらクシャクシャと頭を撫ぜた。


ホントに以外だった・・・一目惚れの話も・・・

こんな風に簡単に英二先輩の話を聞かせてくれるのも・・・

俺みたいな年下に誠実に答えてくれるなんて・・・

これはやっぱり・・・今日は特別なのかな?

俺の様子が変だったから・・・・・

それとも英二先輩の事になると、嘘はつけないって事なのか?

いや・・・違う・・・この人の性格なんだろうな・・・

誠実で優しい副部長



好き・・・か・・・

あんなにハッキリ躊躇い無く言葉にするなんて・・・

英二先輩・・・アンタが羨ましいよ。

こんなに優しい人に愛されて・・・大切にされて・・・


俺も桃先輩とこんな風な関係になれたら・・・



『どっちが先に好きになったとか、そんな事は俺の中ではたいして重要じゃないんだ』



たいして重要じゃないか・・・

俺も意地を張るのはやめた方がいいのかな?

桃先輩が俺に振り向いて告ってくるのを待つんじゃなくて・・・

攻めた方がいいのも知れない・・・



俺はいつまでも頭を撫でている副部長を見上げて声をかけた。



「撫ですぎっスよ。副部長」



そして満面の笑みを見せた。





                                                            (side 桃 へ続く)





最後まで読んで頂きありがとうございますvv


桃リョの筈が・・・桃は登場せず・・・この回だけ見ると大リョぽい感じに・・・まぁそんな回もあります☆

っていうか・・・リョーマは大石に懐いていると嬉しいと思ってたりするからこんな感じになるのだと・・・

兎に角まだ続きます。次は桃・・・桃といえば・・・今度は彼が登場vv

2008.7.16